震災後、日本在住の外国人の多くが放射線を恐れ、日本を去って行きました。
政府からの情報が曖昧で日本人でも理解し難いのですから、
取りあえず安全な所に逃げる外国人の方々の気持ちはよくわかります。

外国からの観光客のキャンセルも相次ぎ、今や日本列島は世界からポツンと取り残されてしまった感じです。
そんな中、遠いアフリカ、ケニアにある貧困地区キベラの子供たちからの祈りと歌は心に染み入ります。
キベラの子供たち、ありがとう! 感動で胸がいっぱいになりウルウル涙が溢れました。
ここをクリックして見て下さい。
2011年3月14日 ケニアの首都ナイロビにあるキベラスラム マゴソスクールの子供たちが 地震
と津波による 大きな被害を受けた日本のみなさんのために 歌い そして祈りました。
日本のガイドブックには出ていない場所がケニアにはいくつかあります。
その中のひとつが、東アフリカ最大のスラム、キベラ地区です。
面積は2.5km²、マンハッタン セントラルパークの75%くらいの大きさです。
「沈まぬ太陽」や「ナイロビの蜂」にも出てきた所です。
その中に、マゴソスクールはあります。
1999年にキベラスラムの貧困者のひとりである
リリアン・ワガラさんが
自分が暮らす長屋の一室に浮浪児を集め、寺子屋をはじめたことから始まりました。
やがてそこは、うわさを聞いた子供達が集まり、人数がどんどん増えていきました。
その後、キベラスラムの仲間たちが力を合わせて建設し、スラムの貧困児童、孤児、虐待を受けた子どもたち、家や家族を失い路上の浮浪児になった子どもたちなどを救済しているセンターとなりました。
子どもたちだけではなく、大人も、若者たちも、困った状況にある人たちがここでともに生きていける場所になっています。

現地ナイロビ在住の
早川千晶さんが共同運営でこの学校をサポートし、地域の人々と強力し合いながらスラムの中の寺子屋的な存在として人々に広まり、今では400人以上の子供たちを抱えています。
今までこの学校の子供たちは、たくさんの日本の方々と交流をしてきましたが、設立当初からこの学校をサポートしてくれている
石原邦子さん(NPOアマニヤアフリカ)が、3月11日の関東大震災の際、仙台で被災されました。
石原さんは毎年のようにケニアに足を運び、子供たちと交流し、子供たちからは
ママイシハラと呼ばれ、みんなのお母さんのように慕われています。 その石原さんが被災され、寒い避難所暮らしをしていると聞いて、子供たちは大きなショックを受けました。
この歌はマゴソスクールの子供たち、先生たちとともに、「被災した石原さんや日本のみなさんへ向けて、励ましと祈りの歌を歌って届けよう」という想いから生まれた歌です。
ケニア在住ミュージシャン 大西匡哉www.maisha-raha.com
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